概要
タイトル:お殿様の人事異動
著者 :安藤優一郎
大名の国替えから旗本の出世など江戸時代における武士の人事事情にスポットを当てて解説しています。
国替えの様々な理由や引っ越しの大変さ、莫大な費用などの苦労もうかがい知ることができます。
江戸時代は、国替えという名の大名の異動(転勤)が繰り返された時代である。大名は幕府(将軍)からの異動命令を拒むことは許されなかった。
(中略)
将軍の人事権は、老中や町奉行といった要職で威力を発揮したが、その裏では嫉妬と誤算が渦巻いていた。
(中略)
本書は、将軍が大名に行使した国替えという人事権、殿様と呼ばれた大名や旗本を対象とする人事異動の泣き笑いを通して、現代にも相通じる江戸時代の知られざる裏側に迫るものである。
(プロローグ p3-4)
構成
プロローグ
第Ⅰ章 国替えのはじまり ~ 秀吉・家康からの異動命令
第Ⅱ章 国替え・人事異動の法則 ~ 幼君・情実・栄典・懲罰
第Ⅲ章 国替えの手続き ~ 司令塔となった江戸藩邸
第Ⅳ章 国替えの悲喜劇 ~ 引っ越し費用に苦しむ
第Ⅴ章 人事異動の悲喜劇 ~ 嫉妬と誤算
第Ⅵ章 国替えを拒否したお殿様 ~ 幕府の威信が揺らぐ
エピローグ 国替えを命じられた将軍様
参考文献
ポイント
変わる国替えの性格
江戸時代の国替えですが、幕府の権力基盤を確立する前後で性質も変わってきます。
まずは。権力基盤の強化のために、関東・東海・上方には親藩・譜代の大名、東北や中国・四国・九州には外様を配置していきます。
これが、権力基盤が固まる四代将軍家綱の代以降になると、幕府を脅かすほどの勢いも大名側になくなり、改易や国替えによる財政面の負担の大きさの悪影響を懸念して国替えも減少します。
内藤家大移動
江戸中期、盤城平藩内藤家は、日向国延岡への転封を申し渡されます。
今でいう、福島県から宮崎県への異動です。
しかも理由が、延岡藩の牧野貞通を幕閣とするため関東へ転封するために、
・牧野家:延岡→常陸国笠間
・井上家:常陸国笠間→盤城平
・牧野家:盤城平→延岡
と玉突き的な異動を強いられています。
家中一同の東北から九州までと江戸時代の転封の中でも最大の大移動、足りない引っ越し手当など、数々の問題に直面しながら4カ月半というわずかな期間で異動を完了させます。
ちょっとこれは勘弁してほしいなってくらい、きつい異動ですね。
そもそも断れないので、やるしかないのですが、この大異動をやりとげたのは凄いと思いました。
出世コース(老中)
幕府の常職として、トップに位置するのは老中ですが、ここまでにたどり着くためにも出世コースがあります。
そもそも、原則として幕府の要職に着けるのは譜代大名だけです。
奏者番(殿中儀式の取次・披露役)
→寺社奉行
→老中
といった具合に、ふるいにかけられながら出世していきます。
しかし、ほとんど親藩の中からしか幕府中枢へ入っていけないのは、組織が硬直化していきそうです。
支配を盤石にする面では効果的そうですが、幕末など変化が激しい時代に対応する改革は難しかったのかなと思いました。
出世コース(旗本)
旗本の場合は、町奉行への就任が究極の望みとなりました。
しかし、江戸時代を通して百人もおらず、とてつもなく狭き門でした。
番士(将軍の常備軍)
→目付け役(旗本や御家人、政務の監察、礼法の指揮)
→遠国奉行(与力、同心の指揮、裁判)
→勘定奉行(幕府領の年貢徴収、公事訴訟)
→町奉行
といった具合で出世していきます。
町奉行には礼儀や裁判ごとなど豊富な経験が要求される役職でした。
しかし、こういったエリートコースを進める者はごくわずかで、旗本の数六千人ほどに対して番士が二千人弱だったほどであり、旗本の半分は無職のままでした。
一応家禄はでていますが、それだけでは十分でないため役職に就くことを強く望んでいたそうです。
江戸時代でも思ったよりも厳しい出世競争を垣間見ることができ、なかなか興味深いです。
本書では、大岡忠相や長谷川平蔵の出世について取り上げられていて、出世にまつわる周囲からの嫉妬や苦悩を知ることができます。
感想
江戸時代の人事に焦点を当てた面白い解説をしています。
大名は国替えに関わる異動の大変さを知ることができます。
江戸時代も安定すると譜代大名の国替えがほとんどになり、生き残った外様よりも、譜代の方が思ったよりきついんじゃないかと思えるくらいでした。
旗本も出世競争厳しく、もしかして現代より厳しいかもっと思えるくらいの倍率や苦悩を抱えているのはどの時代も厳しいなと感じました。
どうしようもない状況の中で、あれこれやりくりして失敗や成功する姿は現代にも通ずるものがあると思います。
歴史好きな方、役職なども豊富に出てくるので時代劇に興味がある方にもおすすめな一冊です。
ご一読ありがとうございます。